「はじめに」だけ立ち読み下さい。
はじめに…水族館があなたの人生を変える

水族館の水中世界で、沈み込んでいた気持ちをリフレッシュさせたことはないだろうか。生物たちに元気をもらったことはないだろうか。私にはある。
水槽の向こうに手詰まりだった道が開けたことはないだろうか。宇宙の理や哲学を発見したことはないだろうか。私にはある。
今、日本に住む多くの人たちが、生きる力や教養を発見する場所として水族館を利用している。水族館は自然科学を教育する施設ではなく自然そのもの、地球に我が身を置くことのできる場所へと進化しているのだ。
あなたがもし、水族館を子どもの教育の場所や魚マニアの集う場所と思い込んでいたら、人生に大きな損失を被っている。水族館の真の価値を知って欲しい……そんな思いで本書を著すことにした。
私の本業は水族館プロデューサーだ。一言で言えば、役に立つ水族館をつくりあげる仕事だが、そこで目指しているのは、人が生きるのに必要なうるおいや哲学を得られ、知的好奇心が生まれる展示を提供できる水族館だ。
しかし、私が出るまでもなく、すでに人々に大きな影響を与えている水族館はある。そしてなによりも、水族館の価値を上げているのは、利用者たる賢い大衆なのだ。
水族館側がまだ、子どものための自然科学教育を大切にしていたとしても、教養ある大衆は本当の水族館の価値を知っている。今日を生きるための癒しを、明日を築くための教養や好奇心を満足させようと水族館を訪れる。
今や水族館という文化は、教養ある大衆によって、日本を代表する大衆文化となりつつあるのだ。
日本の水族館は今まで「自然科学の教育」や「研究」という不当に小さな枠の中に閉じこめられてきた。それはあたかも生物たちの尊い命や人生を、広い海での自由を奪って、狭い水槽に閉じこめていることに似ている。
子どもの教育や研究のために展示物にされているのであれば、囚われの命たちの運命はあまりに割に合わない。
本書では、かつての常識的な枠を超えた「展示」――つまり命を見せて伝えることによって最大限の効果を発揮している、あるいは発揮できそうな水族館を30館選んでみた。
紹介の基準は私が水族館で発見した経験や哲学に基づいているため、それぞれの水族館の理念とは、ずいぶん違っているものもあるだろう。また、それぞれの水族館の一面しか紹介しないことも多いだろう。
しかし、利用者の一人でもある私を、現在の中村元へと導いてくれた水族館のさまざまな姿やありようを解説することが、みなさんの水族館の利用にも役立つかもしれない。いや、水族館を実際に利用しなくても、私の経験を通して水族館がみなさんのお役に立てるはずだと思うのだ。
そのようなわけで、本書はいわゆる水族館の見どころを紹介したガイドではない。生物の解説も期待しないで欲しい。著したかったのは、水族館の利用の仕方一つで、あなたの人生が変わるということだ。
本書を読み進めていただければ、水族館が大衆文化としていかに価値の高い施設であり文化なのかを理解していただけると思う。そして、長いこと水族館から足が遠のいていたとしたら、今すぐにでも水族館を訪れたいと思い始めるだろう。
うるおいや清涼に満ちた、今日の癒しのために……。
明日への活力、魂の再生のために……。
人生の岐路で、次への道を選ぶヒントのために……。
絶体絶命の仕事や人生をリカバリーするために……。
ぜひ本書で気になった水族館を訪れていただきたい。きっとどこかで、どんな上質なリゾートよりも、どんな立派な研修会よりも、あなたの人生を劇的に変える水族館に出会えるはずだ。
水族館プロデューサー 中村 元