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人魚の微熱

ジュゴンをめぐる愛とロマン

 著者 中村 元
 出版 パロル舎 1998年9月刊 172ページ・1,680円(税込)

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ジュゴンは人魚なのだろうか?…と中村元は大真面目で問いかけます。
沖縄ではジュゴンが今も生息していることが判明し、人々の関心もますます強くなってきています。
本書は、そんなジュゴンのことやジュゴンと人魚の関わりを、中村元の分かりやすく明快な語り口で紹介したもので、生物にあまり興味のない方や、動物の知識がない方にも、楽しく理解できる内容になっています。
特に、鳥羽水族館のスタッフがジュゴン飼育にかけてきたエピソードの数々は、著者がスタッフに綿密な取材をして仕上げたもので、スタッフの尋常ならざる情熱に驚くとともに、それを通して水族館が野生生物を飼育することの意義や、野生生物の真の生きる姿が、理解できることと思います。
自然科学とは一味違った、中村元のパロル舎動物シリーズの第1弾です。
人魚の微熱|水族館の本/WEB水族館
中村元のパロル舎動物シリーズ
 『人魚の微熱』 ジュゴンをめぐる愛とロマン
 『生きる者の哲学』 アシカの子育て作戦
 『ラッコの道標』 ラッコが教えてくれた多様な価値観

目次

プロローグ:ジュゴンを人魚と信じる人たち (→立ち読みができます
I . ジュゴンは人魚なのか?
・ジュゴンを人魚と信じる人たち
・人魚の誕生
・何故、人魚には女性しかいないのか?
II . ジュゴンって何者なの?
・人魚だって息をする
・海の牛たち
・ヒトと人魚の悲しい出会い
III . 人魚の吐息
・子孫を残すために
・人魚のセックス?
・男やもめに、欲望が湧く
 【カメ吉の話し】
 【セレナとカメ吉】
・ジュンイチのダッチジュゴン
 【人魚のオナニー】
 【ストーカーマナティー】
・セレナとジュンイチ初めての出会い
・ジュンイチついに思いを遂げる
・乙女人魚のそらションベン
 【性周期の研究】
 【ジュゴンチームが取り組む危ない指戯】
IV . 人魚に愛された男たち
・研究者たち
・誰も知らなかったジュゴン
・浅野四郎という男
・飼育のセンス
・世界で最も高いジュゴンのエサ代
・失敗例が役に立つ
・セレナ姫のチャーター機
V . 人魚をめぐる冒険
・危険が多い水族館の仕事
・セレナをめぐる冒険
 【エアサーベイの雄】
 【007は死なない】
 【新婚と再婚】
・夢のある仕事
 
プロローグ
ジュゴンを人魚と信じる人たち

 人魚伝説のモデルといわれるジュゴン。人魚と聞くだけで、艶めかしいし、妖しいし、謎めいているけれど、ジュゴンを一目見て、それを人魚だと言い切ることが出来る人がいるとしたら、その人こそ怪しいと思う。
でも、そんな人たちが確かにいる。しかもジュゴンを人魚だと思うだけじゃなく、その人魚に恋までしている人たちが私の周りには存在しているのだ。言うまでもない、鳥羽水族館の飼育研究のスタッフをはじめとする、世界中のジュゴンにとりつかれた人たちである。
彼らにとって、ジュゴンは、愛らしく気品の漂う、その上実際に抱きしめることさえ出来る実在の人魚なのだ。彼らはジュゴンやマナティーの仲間を研究する学問を「人魚学」と呼びならわし、その謎に満ちた生態の解明に生涯を賭けている。
彼らの活動や研究成果を通して、ジュゴンの人魚性に近づいてみたいと思う。

私が初めてジュゴンを見たのは、20年も前(1979年)、鳥羽水族館に入社をする直前のことだった。「人魚を見たことがあるかね?」と中村幸昭館長に訊ねられた私は、「いえ、一度会ってみたいものですね」と笑いながら答えた。そのとたん館長の顔がちょっと険しくなったのを覚えている。見せてあげるからついてきなさいと連れて行かれたのが、公開間近のジュゴン飼育棟マーメイドホールだった。今考えると、水族館で働こうとしている私が、ジュゴンと人魚の関係を知らなかったことにいくぶん気分を害されたのだろう。
まだ公開されていないオスのジュゴンのプールの前に立つと、「どうやな、これが人魚伝説のモデルのジュゴン。可愛いやろ」と、館長は私に言った。
私ときたら、もう唖然としてしまっていた。もちろん、本当の人魚と会わせてくれるとは思っていなかったが、生まれて初めて見る目の前の動物に対して、私にはそれが人魚のモデルだなんて、とても信じることは出来なかった。

それは、この本をお読みのどなたでも同じことだと思うのだ。
もし、ずん胴で肉付きのいい体を、肉感的な体と表現し、小さくてときおり瞬きする目を、つぶらな瞳と称え、大きく広がりよく動く唇を、官能的でいつも濡れたような唇(確かにいつも濡れてはいるのだ)と感激することができるなら、こう書き表すことができるだろう。「そのふくよかな胸の脇についた乳首はツンと上を向き、ピンク色にほってった白い肌は、魅惑的な曲線を描いて尾ビレに続いていた。そして彼女は、大きく官能的な唇を妖しく開き、つぶらな瞳を瞬きさせながら、私をじっと見ていたのだ」と……。

しかしあいにく私は、それほど創造的な審美眼は持ちあわせていなかったから、「はあ、これがジュゴンですか。これを人魚に間違えたのだとしたら、昔の人はすごい想像力を持っていたのですね」と答えていた。
館長は、再びあきれた顔をしながらも、それは想像力ではなくロマンなのである、とおごそかに宣言された。
ロマン、なんといい響きの言葉であることか。ほどなくして私は中村幸昭館長の世界「ロマンワールド」の住民になってしまっていた。男はロマンという言葉に弱いのだ。この言葉を出されると、全ての理性は霧散し、冷静な判断はチョンマゲのごとく意味のないものに成り下がる。ロマンの言葉の一発で、ずん胴で肉付きがよく、目が小さく、大きな口のジュゴンが、肉感的で、つぶらな瞳と官能的な唇を持った人魚に変わるのだ。こんな風にして、ジュゴンを人魚と信じる人は増えていくのだろう。

中村 元


※禁転載。ここに記載されている全ての写真、文章などは中村元の著作に帰属します。